音作衛門道楽日記 otozaemon.exblog.jp

音楽家のお遊び


by 遊楽音作衛門
プロフィールを見る
画像一覧
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

タグ:池田大作 ( 3 ) タグの人気記事

広宣流布の「広宣」とは
「広く」「宣伝」する戦いといえる。
偉大なものを
偉大であると語り、広く伝える
堂々と、声高らかに
正義を語り抜く。
これこそ勝利の力だ。




c0185356_21521537.jpg


敵を恐れさせ、同志には安心を与える
柱の存在であって頂きたい。
その「厳たる一人」の頭上には
「永遠の勝利の冠」が輝いていく。


仏法ではこの現実の社会は、
「娑婆世界」であると説いている。
「娑婆」とは「堪忍」
すなわち「耐え忍ぶ」という意義になる。
誰人たりとも
押し寄せる苦難との戦いだ。 
それを耐えぬき
勝ち越えられるかどうか
人生は「負けじ魂」の勝負といってよい



誰が偉いのか?

一番苦労して一番真剣に、
人生を生きた人がえらいのだ。
一番真面目に 誠実に
その我が道の人生を
生き抜いた人が一番えらいのだ

いかなる思想を持っているか

それが人生の究極の偉さを決定するのだ。

「進まざるは退転」ともいう
常に前へ、そして前へ

それが生きるということである

私どもはいつも新鮮な心で
「戦い」から「戦い」へ
「勝利」から「勝利」へと
偉大なる「王者の道」を
共々に歩みたい。



<壮年部結成の日に寄せて> 挂冠詩人  池田大作

by yuurakuotozaemon | 2015-03-12 08:21 | 音作衛門物語 | Comments(0)
自らの決断が時として、社会の空気や時流に逆らうものと
非難される場合があるかもしれない。
それでもなお、信念を貫き通さなければ「不善」となり、
結果的には多くの人を苦しめる「大悪」を招くことになると訴えたのが、
創価学会の牧口初代会長でした。


世間的な毀誉褒貶等に気兼ねして悪くはないが、
善もしない所詮世間並みに暮らせばそれで足りとして、小善に止まり
甚だしきに至っては
法律に触れさえしなければ何をしても良いという生活を
統べて謗法と申します。


謗法とは一般的に、仏教の教えに反し、それを破ることを意味しますが、
牧口会長の言葉には、より広い意味での「人間としての道」に反することへの問い直しが
込められていたといえましょう。


翻って現代、政治と経済の影響によって、悲惨な事態が生じる背景には、
「法律に触れさえしなければ何をしても良い」といった、
他者の痛みを顧みない自己正当化の風潮が強まっていることが、
往々にしてあるのではないでしょうか



その風潮が続く限り、一時的に繁栄を謳歌できているようにみえても、
後に残るのは、我が亡き後に洪水よきたれという
身勝手さが招く悲惨ばかりで、
持続可能性の追求など望み得べくもありません。

by yuurakuotozaemon | 2015-01-28 07:13 | ミニ学問 | Comments(0)
青春は戦いである
精神の闘争の無い青年は
伸びない 勝てない
確固たる哲学をもって
正義のために人生のために
勇敢に、真剣に戦う青年こそ
美しいものはない



何らかの圧迫をうける
その壁を破ろうとして全力で抵抗する
そこに「生命力」は増大する
人間としての成長も、進歩もある。
その意味で圧迫こそ
自身の新しい可能性を
開いてくれる



「善人」とは
「悪と戦っている人」である.
外の悪と戦うことによって
自分のうちなる悪を
浄化している人のことである。
この軌道が人間革命の軌道である



正義は必ずしも勝つとは限らない
それでは悲劇だ
正義は勝ってこそ
本当の正義と輝く
正義というものは観念ではいくらでもいえるが
現実の上で負けず
勝ち抜いた時だけ
正義という証しが
明確に刻印されていく



創価学会は
つねに逆境に
真っ向から立ち向かってきた
ゆえに大発展した。
進歩への不動の道ができあがったのである

この道は生命発展の法則であり
学会の永遠の軌道である




桂冠詩人  池田大作 <正義なら勝て>

by yuurakuotozaemon | 2014-07-07 06:56 | 音作衛門物語 | Comments(0)