音作衛門道楽日記 otozaemon.exblog.jp

音楽家のお遊び


by 遊楽音作衛門
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勉強になるわ、この本 

東大の古畑種基教授は、我が国の法医学の最高権威者と言われながら、実は
「捜査の一方法というふうに法医学を位置づけ、捜査で犯人が絞れなかった時には、法医鑑定で犯人を上げることができたと自負」し、
また法医学を公安医学と理解していたようである。

しかし、鑑定方法や結果に誤りがなければ、古畑氏に対する批判には理由がないであろう。
ところが弘前事件では事情はそのようではない。

請求人那須隆氏のシャツには灰色がかった汗のような黒ずんだ瘢痕である被害者の2、3点の血痕が付着しているとして、
その血液型についての弘前医科大学 引田一男鑑定人の鑑定により
瘢痕は血痕であるとしても事件とは関係ないとされた鑑定が、

三木 古畑鑑定により、
確率を計算して、その値が98.5%という高い値であるから同一人物だ
として否定されたことは周知の事実である。
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また古畑氏は島田事件において、被害者の胸の成傷が生前のものであると鑑定したが、後日この古畑鑑定にはごく初歩的な誤りがあるとされるに至った。
「聖典」として崇められていた古畑鑑定書には再鑑定というメスが入れられ、結果として古畑鑑定の不備が暴かれた。

56歳の若さで受章した文化勲章も地に堕ちたと言わざるおえない
しかし、文化勲章などはどうで良いのである。
刑事被告人また再審請求人の、生命を含めた人生の帰趨が全て法医学鑑定の委ねられていたのである。

ところで、古畑氏と同様、東大の法医学の教授を務めていた上野正吉氏の、法医学者に対する雑言は、心を揺さぶられるものがあった。
上野氏はいう『鑑定においては己の学識経験が教える真実をそのままに表明すべきであるのに、いささかでも意図をもって予め設定した結論に対し不都合な事項は隠蔽し、あるいは思わせぶりな言辞を弄して、読むものをして理由なく前鑑定を否定せしめるよう誘導することなどあってはならぬ。
かくては専門的知識に欠け、さらでも弱気になっている裁判官をして証拠に疑点をさしはさませ、証拠不十分による投げ出しを行わせることになるのである。

また、木村康千葉大教授は、弘前事件において
「大家の鑑定書』(無論 古畑鑑定をいう)である原鑑定に再鑑定という批判を行うことについて、あえて学会のタブーを打ち破って鑑定書の鑑定をし、素直に証言された。

法医学の目的は法律上のいろいろな問題の中で医学が関係することを研究し、これに解決を与えるための学問です。法律の適正な適用をはかるということのために、裏返して言えば、冤罪を作らないということのために法医学が存在すると考え、それを日常的に使命と考えて仕事をしている」と証言したが、

これは捜査の一方法として法医学を位置づけ、捜査で犯人を絞れなかった時に、法医の鑑定で犯人をあげたと自負心を誇持した古畑鑑定人との際立った相違を示し、このような観点からの三木、古畑等の鑑定書の矛盾の鋭い指摘と批判が、本決定の表面には出ていないものの、まさに本決定を生み出した力であったと考えられる。

筆者は木村教授のこの発言が正鵠を得た証言であり、まさしく、其れ故に真実が明らかにされたと考える。


しかし法医学者の鑑定には、現在でも、信じがたいものが見られる


by yuurakuotozaemon | 2017-04-18 09:20 | ミニ学問 | Comments(0)